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ユングの塔:村上春樹「1Q84」より

「ユングの塔」が「1Q84」に詳しく出てくる。訪問したときの思い出とともにまとめた。(2,400文字)

村上春樹の長編小説「1Q84」の最後のクライマックスで、ユングに関連する言葉がタイトルになっている章がある。Book3の第25章「冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる」だ。実際の「ユングの塔」に残されている言葉を村上春樹流に訳したもの※(後述)で、ユングの塔についても現実に即してかなり詳しく書かれていた。

ユングのボーリンゲンの塔

1Q84に出てくるユングの塔

以下、長くなるが「1Q84」よりユングの塔について書かれた部分を引用する。登場人物の殺し屋の台詞である。

カール・ユングはスイスのチューリッヒ湖畔の静かな高級住宅地に瀟洒な家を持って、家族とともにそこで裕福な生活を送っていた。しかし彼は深い思索に耽るための、一人きりになれる場所を必要としていた。それで湖の端っこの方にあるボーリン元という辺鄙な場所に、湖に面したささやかな土地を見つけ、そこに小さな家屋を建てた。別荘というほど立派なものじゃない。自分で石をひとつひとつ積んで、丸くて天井が高い住居を築いた。すぐ近くにある石切場から切り出された石だ。当時スイスでは石を積むためには石切工の資格が必要だったので、ユングはわざわざその資格を取った。組合(ギルド)にも入った。その家屋を建てることは、それも自分の手で築くことは、彼にとってそれくらい重要な意味を持っていたんだ。母親が亡くなったことも、彼がその家屋を造るひとつの大きな要因になった。

その建物は「塔」と呼ばれた。彼はアフリカを旅行したときに目にした部落の小屋に似せて、それをデザインしたんだ。ひとつも仕切りのない空間に生活のすべてが収まるようにした。とても簡素な住居だ。それだけで生きていくには十分だと彼は考えた。電気もガスも水道もなし。水は近くの川から引いた。しかしあとになって判明したことだが、それはあくまでもひとつの元型に過ぎなかった。やがて「塔」は必要に応じて仕切られ、分割され、二階がつくられ、その後いくつかの棟が付け足された。壁に彼は自らの手で絵を描いた。それはそのまま個人の意識の分割と、展開を示唆していた。その家屋はいわば立体的な曼荼羅(マンダラ)として機能したわけだ。その家屋がいちおうの完成を見るまでに約12年を要した。ユング研究者にとってはきわめて興味深い建物だ。

その家はまだ今でもチューリッヒ湖畔に建っている。ユングの子孫によって管理されているが、残念ながら一般には公開されていないから、内部を目にすることはできない。話によればそのオリジナルの「塔」の入り口には、ユング自身の手によって文字を刻まれた石が、今でもはめ込まれているということだ。「冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる」、それがその石にユングが自ら刻んだ言葉だ。

どういう意味だか俺にもよくわからん。あまりにも深い暗示がそこにはある。解釈がむずかしすぎる。でもカール・ユングは自分がデザインして、自分の手で石をひとつひとつ積んで建てた家の入り口に、何はともあれその文句を、自分の手で鑿(のみ)を振るって刻まないではいられなかったんだ。そして俺はなぜかしら昔から、その言葉に強く惹かれるんだ。意味はよく理解できないが、理解できないなりに、その言葉はずいぶん深く俺の心に響く。神のことを俺はよく知らん。というか、カトリックの経営する孤児院でずいぶんひどい目にあわされたから、神についてあまり良い印象は持っちゃいない。・・・神様はもしいたとしても、俺に対して親切だったとはとても言えない。しかし、にもかかわらず、その言葉は俺の魂の細かい襞(ひだ)のあいだに静かに浸みこんでいくんだよ。俺はときどき目を閉じて、その言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。すると気持ちが不思議に落ち着くんだ。

村上春樹「1Q84」

非公開のユングのプライベート空間を訪問した自慢

「ユングの塔」と呼ばれるユングの隠れ家的別荘は、「1Q84」に書かれている通り一般公開されていないが、ユング研究所の学生になると、ユングの「スイスのチューリッヒ湖畔の静かな高級住宅地に瀟洒な家」と共に、見学できる機会がある。

わたしが行ったのはもう随分前だが、ボーリンゲンにある塔の訪問は研究所の毎年の恒例行事だった。案内してくれたユングの子孫にお茶とお菓子まで出してもらった記憶がある。誰も住んでおらず、時々家族の集まりに使われると聞いた。自宅の方は、旧研究所から徒歩数分のところにある。こちらの見学は恒例行事ではなく、スペシャルなイベントだったと思う。子孫が住んでいるので一部を見せてもらったが、当時はユングの書斎がそのまま残っていた。

Vocatus atque non vocatus deus aderit

ユングが塔の入り口に刻んだ言葉はラテン語の”Vocatus atque non vocatus deus aderit”で、英訳は”Called or not called, the god will be there.”、邦訳は「呼ばれようと、呼ばれまいと、神は存在する」。「汝自身を知れ」でお馴染みのデルフォイの神託だそうだ。(みすず書房「ユング自伝」より)

ここまで読んで、「冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる」という”村上春樹流の訳”の謎が解けた方はどのぐらいいるだろうか。

わたしはまったく不可解としか思わなかったが、こういうことだった!

「呼ばれる〜」と「冷たくても〜」では随分印象が違う訳になっているのだけど、これって、”Called”と”Cold”をかけたってことではあるまいか(笑)。

おいおい、村上春樹に一杯食わされたね。

https://hyoshiok.hatenablog.com/entry/20130617/p1

ちなみにこの言葉は、ユングの塔だけでなく、ユングの自宅の玄関と墓石にも刻まれている。

ユングの自宅の玄関
縁取りにその言葉が彫られたユングの墓石

神のお告げをもじったのですね。ふむ。

「called」と「cold」 を引っ掛けたとは恐れ入りました!

その通りだと思います。英語のネイティブスピーカーにとって前者の発音は「こーるど」、後者は「こうるど」となるので、この謎は日本人にしか解けない謎でしょう!

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※記事中写真の出典:記載のないものはウィキペディアより

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