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三島由紀夫と学習院:高校生の三島が後輩の中学生たちに贈った言葉

三島由紀夫が40歳で書き始めた長編遺作「豊饒の海」は、平安時代に書かれた「浜松中納言物語」を典拠として書かれているが、三島にその影響を与えたのは、高校時代の古典の授業だったという。前コラムでそれを知り、高校時代の三島由紀夫について興味をもって調べた。高校2年生で書いたエッセイを見つけたので紹介する。(2,100文字)

三島が青年期を迎えていた17歳のとき、少し前の自分の少年期を振り返りながら書いたものだが、若々しいと同時に老成したような文章だと思う。

学習院 1933年

三島由紀夫が高校2年時に書いた「森の遊び」

当時、学習院旧制高等科2年在学の三島由紀夫(本名:平岡 公威 / きみたけ)は、編集担当の教師に頼まれて、中等科の雑誌(昭和18年 / 1943年発行)に中等科の学生向けにエッセイを書いている。

「森の遊び」と題された30字 x 64行で印刷されたエッセイで、中等科に入りたての頃の放課後の森での遊びの描写を前ふりにしながら、中等科在学中の後輩に諭すように語りかけているという構成である。
(中略)
以下、結びの部分を引用してみよう。

何ものが、私たちをして、あのやうに森の中をかけまはらせたのか。何ものが、小さな迂路、小さな森の小道をして、いかにも秘密めかしくみせたのか。この何ものは、さういふ幼年時代ばかりでなく、一旦かくれて、成人したのちにまたいつか現はれてくるであらう。たゞ惜しいことには、こんな遊びにふりむかなくなるときに、少年たちはほんの気まぐれな遊戯・ほんの小さな森・ほんの馬鹿げた儀式を見捨てたにすぎないと思ひつゝ、自分のなかのある大事なもの ── 見捨てたのは森や遊戯でなく正に自分のうちにもつていたある大事な部分を、捨て去つたのに気づかないことである。ことさらに先輩ぶつて、こゝに次のようなお説教をくつつけることを、まあ諸君ゆるしていたゞかう。諸君がおひおひ進級するにつれ、さまざまな疑問やさまざまな憤怒に身をたぎらせる日が来るであらう。さういふ時、諸君は諸君のよんだいくらかの書物の著者に倣って、學習院を再認識したり再検討したりしようと企てるであらう。

一寸待つたと私はストップ信号を出させてもらふ。それよりもかゝる時、諸君は思ひ出してほしいのだ、少年期の最初にあるあの不可解な表現しがたい季節、私たちでいへば森の遊びに熱中していたその季節を。それを思ひ仰ぎ、その奥をしづかになつかしくみつめてほしい。よろしいか、すると學習院の本当の姿、標本にされてカサカサになつたそれではなく生き生きとしたまことの姿は、その奥からやさしく神のやうに立ち上るであらう。こんなにもくつきりと空にかゞやく富士のやうな「學習院」そのものを自分はどこで手にいれたかと諸君は訝かられるであらう。実はこれこそあのやうに朧げに頼りなく一見不真面目に又漠然とあの季節の諸君が感じとつた學習院に外ならないのである。この点をよく考へてください。
(三島由紀夫「森の遊び」より)

以上、平成18年 (2006) 5月 桜友会報 p.16 -より。
※このエッセイは「決定版三島由紀夫全集」(新潮社)に収録されている。

三島由紀夫の高校時代の写真

三島由紀夫の高等科時代の資料のほとんどは、山中湖にある「三島由紀夫文学館」(1999年開館)で発見、整理されたものだそうだ。

三島の在学していた頃、時代は戦時下の真っ只中にあったが、当館で2014年に開催された特別展「戦時下の三島由紀夫:学習院高等科時代」のリーフレットには、1944年、三島が主席で卒業して恩賜の銀時計をもらったときの写真等が掲載されている。

現在当館では、三島の小学生時代に焦点を当てた展示が行われている。
【開催期間】:2023年8月9日(水)~2024年6月30日(日)

学習院に埋もれていたエッセイ「説明役について」

学習院では、さきほどのエッセイ以外にも三島由紀夫の埋もれていた”お宝”が発見されている。このエッセイ執筆時の三島は23歳。

昨年女子部図書室で、旧制高等科時代の昭和23年10月に学習院演劇部が創刊した雑誌「氷山」創刊号を再整理していたところ、三島由紀夫氏の「説明役について」と題するエッセイが掲載されているのが分かった。(中略)同エッセイは、ギリシャ演劇のコロスや歌舞伎のチョボの役割を論じた原稿用紙にして3枚程度の短いもの。三島氏はこの年、作家として自立する決心を固め当時の大蔵省に辞表を提出するなどひとつの転換期を迎えていた。黄ばんだ鉄筆文字からは、後輩たちにエールを送る氏の心情が伝わってくるようだ。

学習院女子部図書室/中山高二 (2006.4)

※このエッセイは「決定版三島由紀夫全集別巻月報」(新潮社)に収録されている。

学内の会報誌の端々から、学習院の関係者たちが、三島由紀夫のことをとても誇りに思っているのが伝わってきました。

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参考

学習院同窓会「桜友会」の会員誌「桜友会報」創立85周年記念号(No.88, 2006.5.1)

学習院大学図書館「来ぶらり」No.77 2006年 4月 1日発行

※アイキャッチ画像は、皇太子殿下の中等科卒業記念のブロンズ像。

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