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【三島由紀夫「豊饒の海」資料】:古典「浜松中納言物語」

三島由紀夫「豊饒の海」が、古典「浜松中納言物語」を典拠にして書かれた作品だと知って、第1巻「春の雪」を読んだあとに、どんな話なのか調べてみた。この知識がなくても、読書は楽しめるが、これまで敷居の高かった古典を覗き見することで得られた収穫も大きかった。(3,000文字)

「豊饒の海」も60年前の”古典”なので、わたしには読めない漢字も多かったが※、平安期の書物は900年以上も前に書かれたのだから、古さのスケールが違う。それほど古いにもかかわらず、日本人のこころや魂の源のようなものが感じられて、今では共感しながら面白く味わえることに気づいたが、高校時代に古典を習ったときにはそれがさっぱりわからず、つまらないだけだった。

※注:これはハードカバーの古本の話で、現在発売されている「豊饒の海」新潮文庫 (2020)は、新漢字、現代仮名遣いになっている。

古典に興味のない方は、「豊饒の海」や三島由紀夫について、大量に書いていますので、他のページをご覧ください。

三島がこの古典に出会ったのは高校時代

第一巻「春の雪」の後注には、「『豊饒の海』は『浜松中納言物語』を典拠とした夢と転生の物語」であると記されている。

三島由紀夫は、学習院高等科在学時代にこの物語の研究者である松尾聰から講義を受け、その影響でのちに輪廻転生をテーマとした『豊饒の海』を執筆するに至った。

ウィキペディアより

参考古典の面白さを感じ取った高校生の三島に興味を持ち、このページ(三島由紀夫と学習院)も書いた。

高校生のKくんにも「古事記」が面白いと教えてもらっていたのを思い出しました。

古典に向き合うことの意義

「豊饒の海」は「春の雪」の後注において三島自身が綴っているように、平安後期物語の「浜松中納言物語」をその典拠としたものであり、同作品における転生思想を20世紀前半の日本社会の文脈において見事に再生させている。

「春の雪」のクライマックスにおける聡子の出家は、「源氏物語」における浮舟の末路を直裁に想起させるものでもある。「春の雪」は、流麗かつ耽美な三島文学の真髄を余すところなく伝えるものであるとともに、古典を咀嚼し再生させるという作業の持つ意味とそのための前提的素養とを十分に認識させる作品であると言えよう。

古典に向き合うということは、「教養」の一つの範型である。
(中略)
このように古典を軸として果てしなく広がる教養の世界は、この上ない思弁的刺激や知的興奮に満ちている。「春の雪」において垣間見ることのできる古典への眼差しは、我々が体得していくべき「教養」の姿をも鋭く見据えているのではなかろうか。

石川博康「古典という深淵と『春の雪』」 (2006)

※学習院大学図書館報の「来ぶらり」(No.77 2006年 4月 1日発行)より。

浜松中納言物語とは

浜松中納言(岳亭春信画)

(以下、ウィキペディアの「浜松中納言物語(はままつちゅうなごんものがたり)」の項目をまとめて抜粋。)

浜松中納言(はままつちゅうなごん)物語」は、平安後期の物語。菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)の作か?と言われているが不確か。日本、唐を舞台に、源中納言(みなもとのちゅうなごん)の恋愛をめぐって不思議な宿世の因縁と転生が描かれる物語で,「源氏物語」の影響や「更級日記」との共通点などが指摘されている。

大雑把に感じをつかむためのあらすじ

ウィキペディアに書かれている長い話を読んでいるうちに頭が混乱してきたので、人物相関図を他から探して、それを見ながら話の筋を追ってみた。(それでも混乱した。)

忙しいみなさんに代わって、わたしが一部分をまとめてご紹介しますので、相関図の色つき部分を見ながら目を通し、「ふーん、そうゆう話か」と思ってください。

主人公は中納言(赤い四角):光源氏を彷彿とさせる、才能豊かな美男。

●父親が死に、母親の再婚相手が連れ子の娘ふたりとやってくる。連れ子の姉(大君)と結婚させられそうになり、惹かれているくせに断り、大君は帝の皇子に嫁ぐことになる。

●中納言は、夢のお告げで、死んだ父親が唐の国の皇子に転生したことを知り会いに行くことにするが、唐に旅立つ直前に、帝の皇子と結納もすませていた大君と関係を結んでしまう。

●中納言が唐の国へ行った後で大君の懐妊が明らかになり、そのために大君の婚約は解消され、妹が姉の代わりに帝の皇子に嫁ぐ。大君は中納言の子(図中、青丸の子1)を出産し、剃髪して出家した。

三島由紀夫の「豊饒の海」第1巻「春の雪」に、この箇所に重なる、道ならぬ恋による妊娠、婚約破棄、剃髪、出家の話が出てくる。

●唐の国で、中納言は皇子(父親の生まれ変わり。子供。)の母に恋し、関係を結んで懐妊させる。(図中、緑丸の男子)

●日本に帰国した中納言は、ある男の娘と結婚させられそうになるが断り、その娘が別の男と結婚すると決まったあとで関係を結んで懐妊させる。その娘は、中納言の子(図中、黄色丸の子)を、結婚相手の子と偽って出産する。

●中納言は、尼になった大君といっしょに暮らし、同衾(いっしょに寝る)も強要したので、尼大君は苦悩する。
(大君は出家したので、出産したふたりの間の子は、ここにはいないもよう。)

●その一方、中納言は唐の国で恋に落ちた、父親の生まれ変わりである子供の母親が忘れられない。・・・と思えば、別の姫君と文通し、心をときめかす。・・・つづく・・・

※人物相関図は、こちらのサイトから拝借したものに、とーなんが色部分を書き加えた。

国文学者 森正人の解説

「豊饒の海」は「浜松中納言物語」を典拠とした夢と転生の物語であるというこの語註は、作家が構想の源泉を明かしたというだけでなく、作品の読解に浜松中納言物語を必ず参照すべきことをうながすものである。

森正人、2014

ただし、「豊饒の海」が浜松中納言物語のみで読み解けるわけではない。この小説にはさまざまの日本の古典文学作品が引き入れられ、精巧に組み立てられていると見受けられる。それらは作品中にそれと明示されることもあれば、あるいは暗示され、あるいは潜められて読者の探索と発見をうながしている。

森正人、2014

うながされても頭はついていけませんが、深層心理は、三島作品に流れる古典のエッセンスを感じとっているような気がします。

以上は、森正人(1948 -)「熊本大学文学部論叢(ろんそう)」掲載の紀要論文(2014, No.105)、「転生譚をめぐる事実と虚構 : 浜松中納言物語・豊饒の海の夢と記憶」からの引用。

※論文全文は、https://kumadai.repo.nii.ac.jp/records/28339からダウンロードして読める。

その他の参考サイト

●『浜松中納言物語』の日本大百科全書・世界大百科事典・日本古典文学全集のサンプル(無料部分)ページ。(ジャパンナレッジ)
 ↑
このページを開くと、国立国会図書館所蔵の「巻1 写本」が閲覧できる。

仮名混じりの平安期の書物の文字って、本当に美しいですね。

●ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》によるブログ「《濱松中納言物語》原文・現代語訳:平安時代の夢と転生の物語/三島由紀夫《豊饒の海》の原案」

※全文ではないが、途中までかなりの分量が読める。

※本コラムの冒頭のアイキャッチ画像も上サイト内のこのページに掲載されている国会図書館所蔵の「浜松中納言物語」より。


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