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夢分析の落とし穴(河合隼雄)

710文字。

夢を取るに足らないものとしてしまうのももったいないが、逆に「夢のお告げ」をことさらに重要視して、盲目的にそれを信じたり従おうとする態度もまた問題といえる。

たとえば河合隼雄は、室町時代の僧、多聞院英俊(1518-1599)のエピソードを紹介している。

信仰生活に危機が訪れて、寺を離れようと決意するに至った英俊は、夢うつつのうちに、誰の声とも知れない声を聞く。それは、修行は辛いものだけれど頑張りなさいという意味にとれる詩を吟ずる声だったので、英俊は、自分のような者でも神のはぐくみに預かることができるのだと思い直し、寺に留まることにした。夢が、彼の意思決定をくつがえすほどの大きな役割を演じた例。

このような夢の内容は、見方によってはひとつの啓示としても受け止められ、一度そのような深い体験をすると、夢内容に対して自我意識の立場から検討することを放棄し、単純にそれを「信じる」ようなことにもなる。これが英俊の陥った落とし穴である。

河合隼雄「明恵 夢を生きる」

今から500年前の室町時代の僧侶も、昨今の偏りすぎたスピ系も陥ってしまう落とし穴ですが、わたしたちも陥る可能性が十分ありますね。

●夢分析を行う者は、強力な合理性を身につけ、なおそれを超えて、あえて非合理の世界と向き合う姿勢をもつことが必要。

強い合理性をもっていないと無意識の餌食になってしまい、合理性にだけ固執していると、夢の意味を見出すことが難しい。

仕事中にこの本の話が出てきたので、久しぶりに手にとってパラパラめくったところ、大切なことを思い出させてもらいました。


※Image by ScandinavianStories from Pixabay

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