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仕事で必要があって、「高台家の人々」の映画を観たら、「ラブコメディ」というチープな響きを越えた内容で、とても面白かった。森本梢子の同名の漫画、(集英社・全6巻、2012-2017)が、2016年に映画化されたものである。ヒロインが芥川賞作家の村田沙耶香氏と重なるので、合わせて紹介したい。
映画「高台家の人々(こうだいけのひとびと)
あらすじ
ヒロインは30歳になったばかりの地味めなOL。趣味は妄想。ある日、おぼっちゃまのイケメン・エリートがニューヨーク支社から転勤してきて、社内の注目の的に。イケメン・エリートは人の心が読めるテレパスで、ヒロインの妄想と人柄に惹かれ、ヒロインをデートに誘い、2人は付き合うことに。婚約にたどり着き、幸せの絶頂にいるヒロインだったが・・・。
(ウィキペディアを参考にして編集、以下も同じ)
登場人物
●平野 木絵(ひらの きえ/綾瀬はるか)
主人公。光正と同じ会社に勤めるOL。容姿は地味だが、根は明るく相当な天然ボケ。趣味は妄想。自身の妄想を光正に覗かれた事がきっかけで付き合う。妄想で、高台家の人々を和ませる。
●高台 光正(こうだい みつまさ/斎藤工)
元華族の名門家、高台家の長男。ニューヨーク支社から木絵の会社に転勤してきた。祖母がイギリス人で、イギリスクオーター。東京大学卒業後、オックスフォードに留学したエリートでイケメン。テレパス能力のために人間関係を築くことに、慎重になっており、周囲から「滅多に笑わない人」と思われている。木絵の妄想に興味・好意を抱き、付き合い始める。
●高台 茂子(こうだい しげこ/水原希子)
高台家長女。光正の妹。美人だが気取らない性格の反面、テレパス能力で見かけによらず臆病になっている。
●高台 和正(こうだい かずまさ/間宮祥太朗)
高台家次男。光正の弟で3人きょうだいの末子。テレパス能力で少々意地悪でひねくれ者になっているが、根は真面目。
●高台 由布子(こうだい ゆうこ/大地真央)
光正たちの母。お嬢様育ちのセレブ妻で気が強い。テレパシー能力は無いが、勘は鋭い。
●高台 茂正Jr.(こうだい しげまさジュニア/市村正親)
光正たちの父で、イギリス人の母親を持つハーフのおぼっちゃま。テレパシー能力も無く、空気も読めない三枚目キャラ。かなり雰囲気の違う夫婦に見えるが、妻、「ゆうこさん」のことをとても愛している。
人の心が読める苦しさ
それぞれのキャラクターが個性的で、いい味を出しているので、細部も楽しめる映画だったが、高台家の3人きょうだいを見ながら「人のこころが読めてしまうことの苦しさ」には、いろいろ考えさせられた。
テレパスでなくても、ふつうの人にはわからない、人の「本心」がわかってしまう人は、それによっていいこともある反面、それにとらわれて、窮屈な思いをすることも多い。日常の人間関係の中で人は、多かれ少なかれ「この人は、口ではこう言っているが、内心は?」と勘ぐったりもするが、自分の憶測が推測にとどまらず、「相手の本心がはっきりわかってしまう」人は、自分の気持ちを後回しにして、ヒトの気持ちばかり配慮することにもなりがちだ。
一方、あくまでも相手を離れて、自分の内的世界の中だけで、勝手に空想にふける人たちがいる。
空想癖のある人たち
綾瀬はるか(仕事関係のお客さんから、よく名前が出てくるが、この人だったのか。)が演じている「口下手で、自分を表現することが不得手だし、人間関係でも積極的にはなれないけど、頭の中はぶっとんだ空想/妄想でいっぱい」という人。
人と一緒にいるのに、ボーッとしていて、周りには「心ここにあらず」に見えると思ったら、実際のところ、本人の頭(心)は、自分だけの空想の世界に飛んでいて忙しかったり、周りからは「一人ぼっちでかわいそう」と思われていても、本人は、自分のファンタジーの世界で満足していたりする。
「高台家の人々」のヒロイン木絵(綾瀬はるか)を見ながら、ホクオがイメージを重ねたのは、年明けに日本のテレビで見た、作家の村田沙耶香氏だった。
芥川賞作家、村田沙耶香(むらたさやか)
(写真:2016年8月24日、第155回芥川賞(平成28年度上半期)に選出されて、東京のコンビニでサイン会を行ったときの村田沙耶香氏。出典
1979年8月生まれで現在37歳、独身。
可愛い顔で、ふんわりイメージ、人見知りで、喋るのは苦手。その反面、「クレイジー沙耶香」と作家仲間からあだ名をつけられているようなクレイジーぶり。・・・「高台家の人々」のヒロインの木絵、そのまんまではないか。
村田沙耶香の”ぶっとんだ”/ユニークな頭の中
まず、ずらっと並んだ作品リストの書名をちらっと見るだけでも、「殺人出産」 (講談社文庫)、「しろいろの街の、その骨の体温の」 (朝日文庫)、「消滅世界」(河出書房新社)などなどクレイジー感あふれている。
こんな対談内容も見つけた。(引用元)
インタビュアー:「以前、寝るときに別人になると言われていましたが?」
村田沙耶香:「別人になって、ドラえもんとかと遊ぶと寝れるよ、ね?」
申し分のない空想癖である!
小さい頃から、絵を描きながら空想にふけるのが好きで、今も、小説の構想は、ノートに絵を描きながら登場人物のイメージを膨らませていくそうだ。
芥川賞を受賞したのは、「コンビニ人間」で、コンビニ店員として働きながらこれを書いた。
週3日、5時間づつアルバイトをして、15分の休憩時間中に、溜まっていた空想が出てきてそれがアイディアになるということで、芥川賞作家になった今でもコンビニでのアルバイトは続けている。
芥川賞受賞記念インタビューで村田沙耶香氏は、「この本は、”うっかり”手に取ってもらえたら嬉しい。本を読むぞと気合いを入れて読むというより、なんとなく手に取って、不思議な生きものと出会うような感じで読んでもらえたら。」と言っている。
空想癖が小説を生む
又吉直樹氏との対談では、お互いに「小さい頃は空想する子供だった」と共感し合っていた。
又吉氏は、保育園時代、消防車のハシゴに先生が乗せられて上の方まで行ったのを見た時、「すごい!」という気持ちを母親に伝えたくて、「先生が雲の方まで行って、怖くて泣いていた。」と表現するなど、「虚言」と言われかねない発言も多かったが、ウソをついているという自覚はなかったとか。
(「文藝春秋」2017年10月号、又吉直樹×村田沙耶香、スペシャル対談「僕たち、コンビニ人間です」より)
空想とファンタジーの心理学的な意味
ファンタジー(空想)には、二つの意味がある。
ひとつは、外的現実とは異なる別のものであるという意味。フィクションなど、「現実の事実ではない」という意味で、そこには、たんなる「作り話」から、サイエンス・フィクションのような現実にありえない世界まで含まれる。
もうひとつには、「内界(心理的な、こころの世界)と外界(現実の世界)を結びつけるもの」としてのファンタジーである。
もう少し、難しい言い方をすれば、
●観念やイメージ(触知できる現実性を欠いている。)
●物質的世界(こころを欠いている。)
の両者を結びつけるのものがファンタジーであり、ファンタジーがこれをつなぐ役割をするとき、それはこころの意識領域と無意識領域の融合を生じさせるという意味でも、とても重要である。
(参考:ユング心理学辞典)
ファンタジーが意識と無意識をつなぐものだということを考えたとき、テレビ番組中の、村田沙耶香の以下のコメントが、すんなり入ってくると思う。
小説とは、自分にとってお祈りをするような場所。
村田沙耶香