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親になって知ったことは、親のありがたみより子のありがたみだった

(1,000文字)

2014年、息子が小学校1年生のときにストックホルム日本人会の会報に掲載した内容。

40歳になる年に初めて親になり、生後半年のこどもを連れて、日本に里帰りしたときのこと。

私のことを小さい頃から知っている人が、両親のいる前で、「これで佳代ちゃんも、やっと親のありがたみがわかるようになっただろう。」と、目を細めて満足そうに言った。それまで、親不孝を重ねてきた私が、しおらしく「はい。」と、うなずくことが期待される瞬間だった。

ところが私は、「いえ、それどころか、子のありがたみがよくわかりました。」と、きっぱり言ったので、その場は白けてしんと静まりかえってしまった。

とくに日本では、親への恩や感謝の念が強調される風潮がある。それは「親に申し訳ない」という表現にもつながり、たとえば“ふつう”の生き方をしていないことが、自分はよくても親に申し訳ないと罪悪感をもつ人もいる。

また、いくつになっても、意識的にしろ、無意識的にしろ「親を喜ばせるために」自分の人生のいろいろな選択をする人もいる。

私は親になったとき、「こんなにかわいい生き物が、世の中にいたなんて!」と驚きながら、親のありがたみよりも子のありがたみが、もっとずっと大きいことを知った。

だから、日々、ありがたく、幸せな気持ちでこどもの世話をしているかというと、それは、まったく別の話だ。

私が親になってはじめて知ったもうひとつのことは、よく言われる「こどもの寝顔はかわいい」という言葉の真相だった。

こどもが起きている間は、きーっとなって、切れたり、切れそうだったり、とにかくイライラしっぱなしだったのが、こどもが寝ると、うそのように鎮まる。つまり、寝ている顔がかわいいというより、寝ているからかわいい、そういうことだったのだ!

そんな、私ならではの気づきの一方で、「よく話に聞いていたが、そのとおりだったな。」と納得することもある。子育てが楽しかろうが苦しかろうが、とにかく「こどもは、あっという間に大きくなる。」ということ。それは、うれしくてさびしい普遍の真実なのだろう。

2021年7月22日追記

そして2021年、息子が14歳になった今、まさに、この漫画の「結」の時期になってしまいました。

※この記事は、子供のいないクライエントさんに、親への感謝はほどほどでいいと伝えたくて書いた。

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