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症例5: 呪いをかけられた女とヘビ
40代の女性のこの症例は極めて特異なものである。この患者をわたしに回してきた医師は、この患者の主訴は、髪の毛が抜けてしまっていることだが、それ以外にも、患者が自分の背中の中心にとぐろを巻いたヘビがいて困っていると訴えていると言った。患者は精神病に違いないというニュアンスであった。
彼女が診察に訪れたとき、私は、彼女が精神病なのではない、つまり本当にヘビがいるのではないかと察した。背中にいるヘビというのはクンダリーニ・ヨガでは一般的な概念でもある。
北ヨーロッパに住むこの女性は、夫とふたりの子供と共に、平凡で幸せな家庭を営んでいたが、夫が若い女と恋に落ち、その女が妊娠したので離婚したいと言い出してから状況が一変した。敬虔なカトリック教徒である彼女は離婚に応じなかった。
しばらく冷戦状態が続いたある日のこと、夫は仕事に行ったまま帰宅しなかった。患者と思春期のこどもふたりはそれぞれ自室で寝たが、翌朝、彼女が目を覚ますと息が苦しい。ガス漏れだった。なんとかベッドから這い出して窓を開けて換気をし、子供たちの部屋へ行ってみると二人は意識不明に陥っていた。すぐに救急車を呼び、子供たちは一命をとりとめた。
話はここからである。ガス漏れは、夫の仕業だったのだ。夫が夜のうちにこっそり戻ってきてガスの栓を開け、女のところに戻ったことが判明し、夫は殺人未遂で逮捕され、刑務所に入った。
この事件から3週間のうちに、彼女の髪の毛は抜け始めたが、同時に、彼女は背中にヘビがいるのを感じ始めたのだった。それは黒いヘビで、そのヘビが上に動くことによって髪の毛が生えてくると言う。
数ヶ月が過ぎ、彼女の健康状態は回復し、髪の毛も生え始めた。しかし半年かかって8センチほど伸びると、髪はまた抜けてしまうということが、数回、起きた。
2年後、私がヘビはもういなくなったかと聞くと、彼女はまだいると言って号泣した。過去7ヶ月に渡って、毎日同じ悪夢を見て、恐怖のあまりほとんど眠れていないと言う。
繰り返される夢は、意識が気づくべき、無意識の中にあるもっとも重要なメッセージを含んでいる。私はどんな夢なのかと尋ねた。
「わたしは自分の部屋で夫と寝ている。ドアが開いているため部屋は明るくそこに姑が立っているのが見える。姑はわたしを見ながら手のひらを私に向けている。」
私が姑について話すように言うと、彼女は「姑は魔女なんです。」と言った。姑が魔女に喩えられることは珍しいことではないため私はその言葉を軽く聞き流し、もっと詳しく姑について説明するよう言った。
彼女と夫は南ヨーロッパの出身なのだが、姑は、地元で有名な正真正銘の魔女、霊媒師だった。姑の霊的な力を求めてたくさんの人や動物が訪れ、姑はそれで一財産を築き、この一家は地元の権力者でもあった。
魔女の大事なひとり息子が、貧しい農家の娘だった患者に恋したのだった。魔女はふたりの結婚を許さず、ふたりは魔女の激しい反対に合いながら、故郷を離れ外国で結婚生活を始めた。
夢の中での姑の手の動作は、姑が患者にまじないをかけることを意味していた。私は彼女の教会の神父に頼んで、このまじないを解く儀式をしてもらうことにした。
この儀式のあと、患者は目を見張る変化を見せ、姑に呪われるあの悪夢を見ることはなくなった。1年ほどはまだ怖がっていたが、そのうちそれもなくなり、平和な日々が戻った。2年で髪は生えそろい、抜けることもなくなった。
しかし彼女は、まだヘビがいると言った。以前に比べると上の方だが、まだ背骨にいるのだと言う。彼女は回復したように見えたが、私はこのヘビが気になっていた。
何か気がかりなことがあるのではないかと聞いてみたが、彼女は何もないと言った。
1年後、彼女はうつ状態になった。
もうすぐ刑務所から出てくる夫が、例の愛人と結婚して、生まれてきた子供といっしょに暮らすことを望んでいた。あいかわらず彼女はそれを拒否していた。
夫に殺されかけてもまだ離婚を拒否するのは、カトリックの掟に反するからだと彼女は言うが、実は復讐心以外のなにものでもない。
ヘビは、夫の再婚を意識的に受け入れることのできない無意識の感情や考えを表しているといえる。
夫の母親は魔女だったが、彼女もまた影として魔女を有していた。そして本当の自分自身から自分を切り離すような考えに取り憑かれていた。背骨は意志を象徴する。彼女の背骨に存在するヘビは、彼女が魔女である姑と同じように強力な力で、夫の再婚を阻もうとする意思だった。
私は、彼女に離婚を勧めたが彼女は頑なだった。口には出さないが、自分を去っていく夫が、他の女のものになることを許すことができないのだった。それは深層心理にある女性特有の本能的な願望であるが、このような独占欲はまた人間にも動物にもあるといえる。※
※下線部の原文:This wish emanates from the deepest strata of the instinctual feminine realm, where human nature and that of the animal are as one. (Page 132)
どなたか、もっと上手く訳してください!
離婚を望む夫が家を出ていき愛人と新しい家庭を持っても、意地でも離婚せず、夫が死ぬまで形だけの妻の座を死守しようとする人たちのことが思い起こされると思います。芸能人夫婦でもよく聞きますよね。
無意識が、髪という輝かしい女性性の象徴を通して彼女に気づかせようとしたことは注目に値する。髪が抜け落ちて、ある意味新生児のような外見になることは、内面の何かが生まれ変わるべき時であるというメッセージである。
彼女の場合は、姑との葛藤を乗り越えるという部分的な変容が起きたことによって髪の毛は生えたが、個性化にとって必要な自分の内なるヘビ(女性のダークサイド)に向き合う課題は残った。彼女はこれに直面しようとせず、その後、わたしは彼女に会うことはなかった。
※Anne Maguireの ”Skin Disease: A Message from the Soul: A Treatise from a Jungian Perspective of Psychosomatic Dermatology (2004)”第8章、拙訳。小見出しはとーなんによる。