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皮膚病と深層心理:脱毛症の5つの物語

最終更新日:2021/6/13

西洋医学では、皮膚病は心身症とは見なされないため、どんな皮膚病も治療の過程において心理的な要因と結びつけて議論されることは少ない。脱毛症も然りであるが、明らかに心理的ストレスによって円形脱毛症を経験した、あるいは周りで見聞きしたという人は多いのではないだろうか。

皮膚科医でもあるイギリスのユング派分析家が、皮膚病と深層心理について書いている重要な本があるが、残念ながら日本語に翻訳されていない。このコラムでは、脱毛症についての章を拙訳した。(全3ページ7,900文字)

長文になったので、関心のある部分だけ読んでいただけるよう、まとめておく。

1ページ目に並んでいる症例1〜3は、それぞれが短い。子供の症例ふたつと成人女性の例で、子供のうちのひとりは両親が原因、あとの二例は突発的に起きた一度限りの精神的外傷体験といえる出来事がきっかけで髪の毛が抜けたと思われる事例を紹介している。

症例4(2ページ)と症例5(3ページ)では、それぞれ経緯や深層心理学的な解説が詳しく述べられている。ともに、女性心理のダークサイドがテーマになっており、このダークな内面を意識化することを拒否することで、ますます深い闇に陥っている症例といえると思う。症例のふたりはどちらも、意識的には自分が純粋潔白だと思い込んだまま、ダークサイドに直面できていない。

症例4は、母親からの精神的自立がテーマになったもの。精神的な未成熟さが外見の若さと呼応しているケースである。

症例5では、霊媒師、「呪い」などスピリチュアルな内容も含まれているが、心理的課題に階層があることや個性化についても触れられる。

5つの症例はすべて、脱毛症が深層心理と密接に関わっていることを示しているが、いずれの症例も著者による問題の指摘や提起で終わっており、治癒に至ったとは書かれていない。深層心理的課題に直面することの難しさが示唆される点でも、脱毛症を患っていない方にも参考になるかと思う。

以下、Anne Maguireの ”Skin Disease: A Message from the Soul: A Treatise from a Jungian Perspective of Psychosomatic Dermatology (2004)”第8章を拙訳。小見出しはとーなんによる。

はじめに

(文=アン・マグアイア)
円形脱毛症は、イギリスで皮膚科外来を訪れる患者のうちの約2パーセントに見られる症状である。医学的にこの症状は心身症とはみなされておらず、心理的な状態と無関係とされることも多い一方で、円形脱毛症を患うほとんどの患者が、精神的になんらかの問題を抱えているという臨床医もいる。

円形脱毛症は、通常、他の病気と併発せず、頭髪が部分的にすっかり抜けているためはっきり目に見えるが、かゆみなどの症状は伴わない。症状はいったん消失しても、またぶり返すことも多く、重症の場合には、頭髪のすべてが抜け落ち、時には体毛まですべてなくなることもある。

頭髪がすべて抜けた患者は新生児のようにも見え、深層心理学的に”生まれ変わる”必要があることと関連しているようだ。
私の経験上、この症状は非常に大きな心理的衝撃体験と関わっていることが多い。

以下、私が診察した患者の中から5つの例を挙げる。

症例1: 叔母の死体を発見した8歳の少女

8歳のこの少女は、両親が働いているため放課後は叔母の家で夕方まで預かってもらっていた。ある日のこと、いつものように学校帰りに叔母の家に行ったところ、叔母は、台所で無残な姿で殺されており、彼女が第一発見者となった。

その日まで、少女はもちろん叔母の家族も誰も知らないことだったが、叔母には娼婦としての秘密の顔があり、客のひとりに殺害されたのだった。

叔母の死体を見たことだけでも相当な衝撃なのに、少女は、犯人捜査に協力するために尋問され、警察で細部を話さなければいけなかった。さらに叔母が娼婦だったと知った周囲のおとなたちが、独特の異常な空気を醸し出しながらひそひそ囁いていたことや、学校でも話題になって好奇の目にさらされたことなど、すべてが少女の心深くに大きな影響を与えた。10日間のうちに、少女の髪の毛はすべて抜け落ちた。

症例2: ある朝、起きたら髪が抜けていた女性が”忘れて”いた衝撃体験

この女性は、朝起きてみると、突然、髪の毛がごっそり抜けていた。誰の目にも明らかな、かなり禿げた状態である。

仰天して診察を受けにきた彼女に、3ヶ月前に何かあったのではないかと聞いてみた。毛髪の生え変わるサイクルが3ヶ月だからだ。彼女は何も心当たりがないし、3ヶ月前に何をしていたかも思い出せないと言った。付き添いの夫が、ちょうど3ヶ月前に、君はひとりで外国の親戚を訪ねたよと言うまで、彼女は、その事実さえ忘れていたのだった。

たしかに彼女は3ヶ月前に、外国に住む弟宅を訪問していた。夫に言われてそのことを思い出したとき、やはりその瞬間まで忘れていたのだが、そこで衝撃的な事実を目の当たりにしたことも思い出した。

ある日の夕食の席で、義理の妹が立ち上がり、台所に行ったかと思うとすぐに包丁を持って戻ってきて、弟の背後から切りつけたのだった。幸い、弟は大事には至らず、義妹は精神病院に収容された。この出来事は、彼女にとってあまりにもショッキングだったために、意識的に抱えきれず、無意識に抑圧されていたのだった。

ある日突然の脱毛症状が、3ヶ月前に起きたこのショッキングな出来事と関係しているのは明らかであった。しかし彼女が、受け入れがたいこの出来事に直面し消化する作業は、困難なことであった。

症例3:「パパとママの家」に爆弾が落ちた絵を描いた少年

両親と共に受診した7歳の少年は4歳のときから全頭型の脱毛症で、抜けてしまった髪の毛は一度も生えてこなかった。丸くてふっくらした顔と髪の毛のないツルツルの頭は、新生児を彷彿とさせた。

少年はおとなしく臆病な感じで、言葉数も少なかった。父親は声が大きく、がさつで支配的な感じで、母親は、その父親がいつ不機嫌になるのではないかとびくびくと夫の顔色ばかり伺っており、子供に対して気遣う様子はまるでなかった。

私は両親から話を聞くために、少年に、別室で絵を描きながら待っているように言った。少年が退出したあとふたりに話を聞いたが、母親は、父親の言うことにすべて同調するだけだった。少年はいたってふつうの子供で、神経質でもなければ、こわがったり感情的に不安定になったりすることもなく、脱毛症の原因として思い当たることはなにひとつないと言った。

そのあと少年が、ひとりで待っている間に描いたシンプルな鉛筆画を手にして戻ってきた。描かれていたのは一軒の家で、ちょうどその家の真上から軍用機に爆弾を落とされた瞬間だった。誰の家なのか尋ねると、少年は「ママとパパの家!」と答えた。僕の家だと言っていないことに注目していただきたい。この子は、イメージを通して、心理療法が必要なのは両親であることを伝えてくれたのだった。

 

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