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イタリア人映画音楽作曲家エンニオ・モリコーネ91歳で永眠:代表曲選集

(2020年8月9日、特別付録追加。)
全3ページ3800文字のコラム。モリコーネの紹介の他、モリコーネの代表曲の中から選んだ6曲とモリコーネが日本のNHK(武蔵ほか)のために作曲した音楽など合わせて9つの音楽動画を挿入。

付録は、モリコーネの楽曲に神々しい声をコラボさせているイタリアの女性歌手エッダ・デッロルソ(Edda Dell’Orso)についてのミュージシャンの解説(宇宙戦艦ヤマトも出てくる!)と、モリコーネが亡くなった日のスカラ座レポート。

横文字の有名人の名前にめっぽう弱いわたしは、この人の名前も知らなかったが、名作中の名作名画、「ニューシネマパラダイス」の主題曲を作曲し、”世界の映画音楽界を代表する巨匠”と呼ばれるエンニオ・モリコーネの訃報を知ったのをきっかけに、他にもいろいろ聞いてみたら聞き覚えのある曲ばかりだった。

この世に数々の名曲という宝を残してモリコーネは91歳で永眠した。こんな偉業は望むべくもないが、自分が残りの人生で何ができるか、何をすべきかということは50歳を過ぎたあたりから常に意識しているので、天職をまっとうした人たちの業績やストーリーにはとても勇気づけられる。

ここで紹介した映画音楽の中で、西部劇が背景になっているのはセルジオ・レオーネ監督の映画だが、ふたりはローマの小学校の同級生だった。セルジオとふたりの関係については別記事にまとめた。

1. Cinema Paradiso(1989)

まずはこころに響く、映画シネマパラダイスの主題曲から。(映画については、別ブログで紹介。)

2. 武蔵 Musashi

モリコーネは、NHKの大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」(2003)の音楽も担当していた。

インターナショナルな大物に目をつけて、仕事を依頼する日本人ってすごいですね。ヘンな連想で恐縮ですが、”シュワちゃん”(アーノルド・シュワルツェネッガー, Arnold Schwarzenegger)が、日本のテレビのCMを(たしかあまりカッコいいとは言えない役柄で)やっていたことがあるのも思い出しました。

放送当時は海老蔵とヨネクラがどうしたこうしたでウンザリだったが、今聴くと、やっぱりモリコーネだけは天才だと思う。(8年前のYoutue投稿欄より)

0.【人物像】エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone, 1928 – 2020年7月6日)

Ennio Morricone (2007)
カンヌ映画祭にて

1928年ローマ生まれ。プロのトランペット奏者であった父に手ほどきを受け、音楽を始める。最初の作曲は6歳のときで、幼い頃から才能を発揮していた。12歳で正式に入学した4年制の音楽学校は6ヶ月で終了。ゴッフレド・ペトラッシ(Goffredo Petrassi, 20世紀イタリア音楽の三大巨匠のひとり)に師事してトランペット、作曲、合唱曲を学びながら独自の音楽をつくりあげていった。

天才の名にふさわしい、もともと神童だったんですね。

晩年は、早めに就寝し、午前4時には起きて、朝に運動や作曲を行うという生活習慣だった。チョコレートが好きな愛妻家として知られている。

マカロニ・ウェスタンやジャッロなど暴力や流血描写が多い映画への音楽提供で名高いが、モリコーネ本人は過度な流血描写を嫌悪し、自分の音楽が使用されているそのような映画に対して「正直言って好きな映画ではない」と語っている。

自分の信条に反することに自分の才能や技術で貢献するということについての葛藤は、共感する人が多そうですね。

■参考:ウィキペディアの英語版と日本語版

 

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