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80歳の母が台所をリフォームしたはなし

2023年11月のストックホルム日本人会会報に掲載されたコラム。(700字)

80歳の母が、台所のシステムキッチンを新しくしたいと言ったとき、正直、反応に困った。老夫婦がふたりだけで住んでいる築50数年の日本の田舎の木造住宅の台所は、最小限のリフォームをして現代仕様にはなっていたのだが、食洗機が壊れてしまってそれだけ入れ替えることが難しく、そうでなくてもリフォームしてかれこれ四半世紀も経ってあちこち古びているのでいい機会だと、母は浮き浮きしているのであった。台所は、専業主婦の母のなわばりである。

85歳の父は、間髪入れず反対した。老い先短い母の台所にかなりの額を投じるのは無駄遣いだとハッキリ言って、いつものように、なけなしの現金はわたしと弟に少しでも残しておきたいと主張する。わたしと弟は黙り、この件に関して口をはさまなかったが、結局、母の台所リフォーム計画は決行された。

完成して母が満足しただけでなく、安堵もしていたと知ったのは後のことだった。父に対抗して計画を押し進めたが、工務店に発注したときには健康上の懸念があり、過去に大病もしたので、内心、新しい台所をほとんど使わずに終わってしまうかもしれないと不安でたまらなかったらしい。精密検査の結果、ひとまず懸念がなくなって安心した時点で、実は…と、眠れぬ夜が続いたことをもらしたのだった。

ずいぶん早くから終活に精を出していた父のことはこのコラムで書いたこともあるが(「墓じまい、父の終活」ストックホルム日本人会会報 2017年19号)、父とは対照的に、死の話題を頑なに拒否する傾向のある母がそんなことをつぶやいたのは意外だった。

スウェーデンから遠く離れた日本の実家に帰省する度に、これが最後かもしれないと心の中で思うようになって久しいが、少なくとも次回の帰国時には、新しいシステムキッチンでいそいそと料理に腕をふるってくれる母の姿を見れるはずである。

ストックホルム日本人会会報第97号掲載のPDFはこちら

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