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調の世界にようこそ:調(key)で性格を分類する──音楽理論の心理学

付録:オバケのKちゃんのひとりごと

一応クラシックファンです。

調性は、クラシックの場合、曲名に必ずついてくる。たとえばベートーヴェン交響曲5番ハ短調、モーツァルト交響曲41番ジュピターハ長調とか。
それで曲の調性というのはとても大切なものだとはなんとなく知っているけれど、どうして曲名とセットで言わなければならないくらい大切かはまるで理解していない。

それだけ大切なものなのに、たとえばベートーヴェン交響曲5番ハ短調は確かにハ短調で始まるが、第二楽章で変イ長調になり、第三楽章でハ短調、終楽章でハ長調で始まり終わりはハ短調で終わる。

音楽にはソナタ形式というものがあるらしく提示部・展開部・再現部・結尾部という構造になっていて調性は始まった調性に必ず戻るという規則があるらしいことは知ってはいるが、どうしてそうするとそんなに良いのかは、かいもくわからない。

クラシックは曲名に調性を付けるくらい調性は大事なものらしいのに、その大事な調性が曲の途中で転調して行ってしまう。短調のものは短調のまま転調するならまだ理解できるけど、途中で平気で長調に転調してしまうので、だったら曲名とペアで始まりの調性を言う意味は何?とますますわからない。

そうだ、うちの税理士さん、音楽に強いからこんど聞いてみよう。
最近、高性能パソコンを手に入れ、何十万円もする音楽合成ソフトを買って遊んでいるそうだから。

やはり音楽に強い友人(彼もクラシックファン)と、酒の席で短調長調の見分け方の話になったことがあり、彼は聞けば大体わかる。
のびやかな感じがするのが長調、悲しい感じがするのが短調と言っていた。

すると演歌は、だいたい短調くさい。
サザンで言うと、「いとしのエリー」はたぶん短調。「涙の海に抱かれたい」はたぶん長調。

「木綿のハンカチーフ」は、男性と女性の主張を交互に展開させるという特異な歌詞進行になっていて結局は破局に至るという深刻な内容なのに聴くとこれは長調だよね。

だけど結局わからないね。

(オバケのKちゃん、2023/1/14 記)

クラシック音楽で調が曲番号と併記されているのは、元々第一楽章と最終楽章が、指定されている調で作曲されているからだったのですが、途中の転調は当たり前でその内、そんなルールも無くなっていったそうですよ。

税理士さんに聞かなくても、次のページで、わたしがオバケのKちゃんの疑問にお答えします。

Kちゃんに「木綿のハンカチーフ」の歌リンクも送っていただきましたが、まだ聞いてません。「涙の海に抱かれたい」と同様に、題名だけでも昭和感が漂っていますね。

「いとしのエリー」と「涙の海に抱かれたい」は、調探しとしては楽しめそうですし、「木綿のハンカチーフ」は、本当に良い選曲ですね!

変ホ長調先生っ!Kちゃんを乗せないようにしてくださいっ。

だって、本当にそう思ったのですよ。

変ホ長調先生

「いとしのエリー」と「涙の海に抱かれたい」は、どちらもニ長調ですが、「いとしのエリー」はサビで第3音(長短を決定する音)を桑田さんが次の音に向けて下げて歌っていますね。

「涙の海に抱かれたい」は前奏で判断するのがわかりやすいですが、歌が始まるとニ長調以外の和音が連続していて、わかりにくいですね。最後は転調してホ長調で終わっています。

「木綿のハンカチーフ」は、調としてはイ長調ですが、短調の和音が多く出てきますね。
内容で短調と感じてしまう人も多いかもしれません。

クラシック畑の人だと、幸か不幸か絶対音感のある人が多く、「これは何調か?」で盛り上がることはないのですが、「古楽の演奏は原調の音が下がって聞こえるか、他の調で聞こえるか」、「○○調は何色だと感じるか」、「カラオケでキーを下げるのは問題ないのか」(クラシックをやっている人は調ごとのイメージや世界観を守りたいので、奏者の都合でキーを下げて調を変えることに抵抗がある)、といったことが話題になります。

藤井風くんの曲を練習していますが、シャープ♯やフラット♭が3つより多いものが多くて難曲です。簡単に弾けるようにハ長調に直している楽譜もありますが、深みがなくなって、弾く気が失せてしまうんですよね。

こうやって話していると、改めて、面白いものですね。

面白いというかなんというか、ついていけませんが・・・。(^_^;)

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