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吉本ばななの「哀しい予感」に出てくる主人公弥生のおばは私立高校の音楽教師で、”30になるが独身で”、ひとり暮らしをしている。床はいつもほこりにまみれ、切れた電球は替えられることもない、”時間のない世界”で、おばは眠るようにただひっそりと暮らしている。外見は”未婚で地味な音楽教師”、中身は”変人そのもの”のおばの家に居候することになった主人公は、このおばの「なかったことにする作戦」に遭遇する。
ある日のこと、主人公が玄関の壺に挿していた自分の傘を取り出してみると、びっしりカビだらけ。どうやら壺の中が大変なことになっているようだ。びっくりした主人公は、おばの部屋に走っていき、大騒ぎしながらこれを報告する。
おばはしばらく、うーん、と口をへの字にして窓を次々流れる透きとおった雨の粒を見つめていたがやがて、「わかった、なかったことにしましょう。」と言った。
吉本ばなな「哀しい予感」より
おばが意味したのは、つぼを傘ごと、家の裏に持っていって目に入らないところに放置すればよいということだったので、主人公が仕方なく重いつぼを抱えて、家の裏の雑草地帯をかきわけていったところ、そこにはおばが今まで「なかったことにした」粗大ゴミの山があった。
2度と目にはいらないように、そしていろいろなことを考えてしまわないようにほとんどめくらめっぽうに投げられている。おばは人間ともきっとこのようにきっぱり別れるのだろうと思って、私は少し悲しくなった。
吉本ばなな「哀しい予感」より
おばの作戦を理解し尊重しつつも、主人公はこの作戦を取らない。果敢に自分の過去のベールをはがす作業に挑み、そして最後に言う。
ああ、ほんとうに、わからないままでいいことなんてひとつもないのだ。・・・ほっとしていた。何もかもやっと、なんとかなるという気がした。自分の手で何とかできるという気分はここのところの手さぐりの日々のうちにはまるでない感覚だったのだ。今、私はすっかりそれを取り戻していた。
吉本ばなな「哀しい予感」より
仕事中に話に出てきた参考図書を読んで、わたしの目に留まった箇所を抜き書きしました。
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