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吉本ばなな「哀しい予感」で見るマザーコンプレックスの例

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吉本ばななの「哀しい予感」の中に、マザーコンプレックスの好例を見つけたので紹介します。コンプレックスはとても重要なユング用語ですが、みなさんが思い浮かべられるイメージとは少し違うニュアンスも含んでいます。

吉本ばななの「哀しい予感」に登場する正彦は、主人公弥生のおばの元恋人。高校3年生のときに、ずいぶん年上の音楽教師だったおばに恋し、二人はそういう関係になったのだが、おばは妊娠したことに気づくと正彦に知らせることもなくすぐに堕して、正彦の前から姿を消した。おばに「なかったことにされた」正彦が、おばを忘れられないでいる時、主人公と知り合う。

おばには若すぎるというだけでなく、正彦が容姿端麗で明るく真面目なスポーツマンでおぼっちゃま風、つまり絵に描いたような好青年だったので、主人公とその弟は、なぜこの人が、よりにもよって地味で変わり者の年の離れたおばを? と理解に苦しむのだが、その秘密は、正彦の生い立ちにあった。

「僕って、めかけの子なんです。」
(中略)
「母が死んでからは、父の方にひきとられてごく普通に生きてきましたから、どちらにしても子供の頃のことで、今は何も問題はないんだけれどね。ただの幸福なぼんぼんです。」

吉本ばなな「哀しい予感」より

「幸福なぼんぼん」は、それまで世間的に見てお似合いの同世代の素直でいい子とつきあってきたし、彼の一部は、そういう理想的な女の子がいいとも思って生きてきた。

「でも肝心なのは、誰とも分かち合えない、置き忘れてきた部分なんですよ。」
彼がそう言ったとき、私はどきりとした。何か真実のようなものが耳元をかすめていったように思えたのだ。
「僕の中には、もう自分すら忘れてしまった何年間かが眠っている。ほんの子供が、お母さんを守ろうと心をくだいた、実に強くて情けなかった時代があったんだ。・・・母と2人で暮らした時代は永遠に誰とも分かち合えない何かになって、僕の中にずっとあった。うん、あったんだと思う。なぜなら、ゆきのさんに出会うまではそんなことすっかり忘れていたからだ。」

吉本ばなな「哀しい予感」より

ユングが「コンプレックスは独立した存在であるかのようにふるまう」と言っているように、本人が意識しなくても情動が揺さぶられて、それが行動としても現れるのがコンプレックスなので、「ママが大好きなマザコン男子」だけがマザーコンプレックスの現れではありません。

クライアントさんに教えてもらって読んだ本です。

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