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運命と選択肢:ヒルマンのどんぐり理論より

【読書メモ】1,900文字。
人生は選択の連続である。たとえば学校、仕事、結婚相手など、選択肢がある中からひとつを選ぶことは残りをあきらめることを意味し、葛藤がつきまとうことも多い。他方、人の運命は生まれたときから決まっており、途中でどんな選択をしようがたどりつくところは同じだと言われることもあり、こちらの考え方からすると、選択に迷う悩みや苦しみは無意味だということになる。

ユング派分析家のジェイムズ・ヒルマンは、「運命の声が書き込まれた、一粒のどんぐりが人にはある」と言う。

一粒のどんぐりが巨大な樫の木になるように、あなたのなかには生まれながらの魂が存在する。それぞれの魂は決まった開花の仕方を、つまり運命を刻み込まれている。

「魂のコード」ジェイムズ・ヒルマン、鏡リュウジ訳より

ここで気になることは、もし一人一人の人生が、それぞれのどんぐりの内に前もって書き込まれていて、魂がその人の人生を決めるとすれば、それでもわたしたちには選択の余地が残されているのだろうかということだ。答えを先に言うとYesである。わたしたちは、ただたんに、どんぐりが意図していたものをなすだけの存在ではなく、選択の責任が与えられている。

このことについてのヒルマンの解説をまとめてみた。

たとえば、このような不運に見舞われたと仮定する。

例1)研究に研究を重ねて持ち株を売ったその翌日、その企業の買収が発表されて、すでに売却した株価が30パーセント上がった。

例2)ヨットレースでゴール寸前に風が止み、競争相手のヨットが一瞬先に滑り込んで、負けてしまった。

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これをどう捉えるか、まず人には選択の余地がないという考え方だとこうなる。

運命への卑屈な従属:古代ギリシャの観念

自分には投資運がないと考え市場から手を引く、突然の凪は自分が自然の力に見放された印だと考えたり、自分には勝負運がないと考える。

= 株式市場でのタイミングや一秒差の敗北などが、人生そのものを決定しているという考え方。すべてを運命にゆだねる運命論者の考え方であり、すべてのことは起こるべくして起こっていると考える。

このように運命論で人生をまるごと説明してしまう態度は、深い思索や注意深さ、慎重な推論などを放棄し、ものごとを考え抜く変わりに、運命感覚というおおざっぱなムードのなかに落ち込んでしまう。

ある出来事が起きたとき、人にはそれがなぜ起こったか理解できない。しかし、それが起こったということは、そうなるはずだったからだ、と起こったことに対して後付けで説明を与えるのは、運命論的イデオロギー。

➡️ 被害妄想やオカルト主義への傾倒、運命への卑屈な従属とそれに対する怒りが交じり合った、受動的で攻撃的な態度が生まれる。

これに対し、ヒルマンの推奨する、自分に選択の余地があるという考え方はこうである。

運命は、一瞬の「介入的変数」

上の例では、風の中に自分が何を読み取るかが決め手となる。不運な出来事のなかに運命の手の働きを見ることによって、出来事の重要性が高まり、内省のためのひと時が生まれる。ここでは、株式市場でのタイミングや一秒差の敗北は、人生そのものを決定するものになはならない。(運命論者のように、自分には投資運がない、勝負運がないと決めつけてしまうことそのものも自分の選択といえる。)

この態度は、運命をドイツ語のAugenblicksgott (英語でA moment god)、つまり、まばたきした間に通り過ぎ、瞬間的に影響を与える小さな神、宗教家たちのいう「仲立ちの天使」だととらえる。

運命の女神は、人と一緒にずっと歩み、語りかけ、手を引いているようなものではなく、奇妙で予想もしていない交差路で割って入り、隠れた兆しを与えたり、強く人を押し出したりするようなものだとイメージするとわかりやすい。

運命の示す小さなウィンクを見て取ることは、内省的な作業となり、上述の運命論者の感情状態に対して「思いの営み」となる。

運命は責任から人を解放してくれるものではなく、運命はむしろ責任感をさらに要求する。

「どんぐりはあなたが自分にとってよいと思っているものではなく、魂にとってよいことを目指している」とヒルマンは言う。しかし、「どんぐりは明確で長期的な方向性をもったガイド」ではなく、「出来事に目的の感覚を与える内的な力動」である。”運命の示す小さなウィンク”を見逃さずに内省する営みがあってこそ、一見すると、ささいでつまらないことでも重要な瞬間だとか、逆に、大きな出来事のように見えても実はどんぐりにとって重要でないなどという、内的な力動にとって不可欠な判断が可能になるのだと思う。

※この記事は「魂のコード」(ジェイムズ・ヒルマン、鏡リュウジ訳)第9章のまとめ

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