禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とする10枚の絵で表した十牛図(じゅうぎゅうず)は、ユングの個性化の概念とよく通じるもので、西洋人のユング派分析家の間でもよく知られている。
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いなくなった牛を探しに旅に出かけて、故郷に連れて帰るという絵物語を、いなくなった牛=真の自己と考えて、悟りをひらくというのがどういうことか教えてくれる、というものなのだが、「悟り」と言われると、一般人にはちょっと敷居が高い。
「悟り」という言葉を使わないでユング心理学的にざっと理解し直すと、こんな感じになる。
1. 尋牛(じんぎゅう)
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ふと気づくと牛がいない! 逃げてしまったのだ。どこに行ったか検討もつかず、途方に暮れる。
牛は、失われてしまった自分らしさというだけでなく、無意識を含んだ全体的な自分(ユングのいう自己)といえる。牛は、逃げてしまったが、もとはいた。人は、生まれた時には、もっと全体的な存在だったのに、成長の過程で、とても偏りのある存在になってしまっている。そのことに、はっと気づいた時には、もう遅い。牛は影も形も見えず、ただ、いなくなったということしかわからない。
途方に暮れつつ、牛探しの旅に出る。自分らしさを取り戻すと同時に、もっと全体的な存在になることを目指す旅、それは個性化への道である。
2. 見跡(けんぜき/けんせき)
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牛の足跡を見つける。手がかりがありそうだ!
3. 見牛(けんぎゅう)
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牛を発見!
4. 得牛(とくぎゅう)
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なんとか牛を捕まえる!
がしかし、牛は暴れ回り、手なづけることはできない。
個性化の過程では、「自分らしさ」を再発見しても、それをすぐに自然な形で「今までの自分」に取り入れることが難しいことがよくあるのを思い出す。
5. 牧牛(ぼくぎゅう)
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つかまえた牛を放さないように押さえておくことが必要。慣れてくれば綱がなくても牛は素直に従うようにもなるが、今はまだ油断は禁物。
6. 騎牛帰家(きぎゅうきか)
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牛に乗って家に帰る。自分を見つけて、家に帰る!
でもここで終わりじゃないのがいいところ。
7. 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)
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牛を忘れて、ただ人だけがある。
とくに牛を意識する必要もなく、自分は自分である。
8. 人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう)
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人も牛も忘れる。
自分から解き放たれる!
クライマックスのこの「円相」は有名。
9. 返本還源(へんぽんかんげん/へんぽんげんげん)
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統合された自分、全体的な自分に戻る。
その時、世界は、「ありのまま」に見える。素晴らしい!
10. 入鄽垂手(にってんすいしゅ)
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そんな自分になった状態で、日常に帰っていく。
(自分が変わって、周りがありのままに見えるようになった時、かつては動揺していたことにも動じなくなる。たとえば、親との関係によく見られる例。)
十牛図についてもっと知りたい人は
自分が読んでもいない古い本だが、山田無文の十牛図-禅の悟りにいたる十のプロセス-が良さそう。河合隼雄氏が、どこかで引用しているらしい。