韓国の20代の男性7人で構成されるヒップホップグループBTS(防弾少年団)が、世界的に大ブレイクしている。
昨年5月、アルバム「Love Yourself: Tear」を米国ビルボードのアルバムランキングの1位に立たせ、Kポップアーティスト史上初の快挙をなし遂げたBTS。それから約1年を経て再び、全米アルバムチャートの1位になりそうな彼らのその最新アルバムは「Map of the Soul: Persona」、スイス在住のユング派分析家、マレイ・スタインの著書、”Jung’s Map of the Soul”(邦題「ユング、心の地図」(青土社))に由来するタイトルで、アルバムに収められている各曲も、ユング心理学にちなんだ内容となっている。
ユングの愛好家BTSが、アルバム「Map of the Soul」で心理学を探求
約30年前にアメリカ、エバンストンのユング研究所で行われたスタインの講義シリーズが、ポップミュージック史上に思いがけない影響を与えている。
その講義はカール・ユングについて。ユングは外向・内向という性格特性や、無意識の力に注目した分析心理学の創始者である。
全18巻におよぶユング全集の内容をまとめ、ユングの理論を学生や精神分析の訓練生にわかりやすく説いたそのスタインの講義内容は、”Jung’s Map Of The Soul”(邦題「ユング、心の地図」(青土社))という書籍にもなり、分析心理学の優れた入門書のうちの一冊として知られている。英語版では第15刷を数え、数十カ国の言語にも翻訳されている。
スタインにとって青天の霹靂となったのは、彼のこの著書が、K-pop旋風を巻き起こしている韓国のBTS(防弾少年団)の最新アルバムの元になったことで、彼らのアルバム「Map of the Soul」は、今週のうちに全米アルバムチャート1位になる見込みなのだ。
「1,2ヶ月前のこと、日本人の研究生が、わたしの本が、BTSのウェブサイトで紹介されていると教えてくれました。」と、スタインはチューリヒのISAP国際分析心理研究所(International School oc Analytical Psychology)から、BBCの取材に答えて語った。
「わたしは、BTSってなんだい?とその研究生に尋ね、彼の教えてくれたBTSのウェブサイトをちらっと見ました。」
「それから少しして、同じ研究生が、今度はそのグループが 『Map Of The Soul: Persona』というタイトルのアルバムをリリースしたと教えてくれたので、びっくりしましたよ。」
スタインの著書は、BTSのアルバムのタイトルとして採用されているだけではない。このアルバムの中の歌詞には、ペルソナという用語を中心にして、サイキ(こころ)、自我、集合的無意識などのユングの概念があふれている。
「ペルソナは舞台に関わっている言葉です。」とスタインは説明する。「役者が舞台でつける仮面を意味するラテン語ですが、ある意味、わたしたちは誰でも公の場には仮面をつけて出て行くと言えます。」
「わたしたちは社会的な動物ですから、他人と仲良くしたり、礼儀正しくふるまったり、集団の一員として存在しなければいけませんが、文化によっては、そういったことがいっそう重要になってきます。BTSは韓国の人たちですが、韓国や日本などのアジアでは、人々が生活していく上で、ペルソナはとりわけ大切なのではないでしょうか。」
「自分をどのように見せるか、他人をどう見るか、社会の中でどのように自分を位置づけるか、そういうことが、意識的には非常に大切です。」
BTSは、「Map of the Soul」のアルバムの1曲目で、このテーマに真正面から切り込んでいる。
「俺は誰なのか/ずっと問いかけてきた/たぶん一生、その質問の答えは見つからない・・・」とキム・ナムジュンはラップで歌い、自分のステージ上のペルソナが賞賛されることによって、自分の欠点を省みたり、本当の自分自身を見つめることができなくなってしまうと続ける。
そのミュージックビデオ(以下のYoutube)の中で、キムは巨大化した自身のイメージに遭遇しているが、それは、スターとしての彼のペルソナが大きくなりすぎて、対比的に本来の彼自身が小さくなっていることを表している。たくさんの鏡のある部屋に立つシーンは、鏡の一枚一枚に、彼の抑圧された性格が映しだされるイメージだといえる。
BTSのバンドメンバーたちが、公と私生活のバランスをとることに難しさを感じていることについて、スタインはそれを「ペルソナのわな」だとして、そのような状況は、ときに深刻な心理的問題の引き金になることもあると言う。
「自分たちのペルソナが不十分であると思ったり、周りに合っていないと感じる若者たちは、容易に非行や自殺行為に走ったりしがちです。ですからペルソナはとても重要なテーマで、BTSがそれに注目していることは極めて時代の要請に合っていると同時に、彼らの音楽を聴く人たちにとっても意義深いと思います。」
BTSは、アルバム「Map of the Soul: Persona」全体を通じて、こうしたアイデンティティの課題にとりくんでいる。
「Mikrokosmos」では、(他者や外部からではなく)自分の内から生じるべき自分の価値について、「Jamais Vu」では、我々が、性懲りもなく何度も同じあやまちを繰り返してしまうことが語られる。
スタインは、最近、Speaking Of Jung podcastでアルバム内の歌詞の意味について深層心理学的に解説している。そして「Map of the Soul」が、真実(authenticity)へのあくなき追求と葛藤を経て、最後の曲「Dionysus(ディオニュソス)」で、ペルソナのわなから脱出して覚醒に至るアルバムであると説明する。
‘Very noisy’(とてもうるさい)
BTSは今回、ポップミュージック業界では珍しいテーマを扱っているが、K-popアーティストたちは独特な視点をもっていることも多いとビルボードコラムニストのジェフ・ベンジャミンは言う。
「K-popではこれまで、ギリシア神話からエキゾチックな動物、宗教上の人物、ニック・キャノンの映画までいろいろ歌われてきたが、わたしの知る限りでは、心理学や哲学が歌われたことはない。」
「たとえあったとしても、BTSの『Map of the Soul』ほど深く掘り下げたレベルではないだろうし、これほど明確なメッセージをもったものでもないだろう。」
BTSのアルバム「Map of the Soul」のリリースによって、スタインは、今まで縁のなかったK-popや熱狂的なファンたちに接することになった。この3週間、彼のもとには、歌詞の意味や、こちらも売り上げ急上昇中のスタイン自身の著書について、BTSのファンからの問い合わせが殺到しているという。
「おかげですっかり時間を取られちゃってますよ。」とスタインは笑う。「わたしは75歳。ポップミュージックについては、とてもうるさい音楽ということぐらいしか知りません。」
と言いつつもスタインは、BTSが、心理的に健全であることがどういうことかをよく理解していると褒める。
「死や怒りが彼らの関心事だとも聞いています。ラッパーは、非常にストレートな表現力を持っていますね。ビッグなポップミュージックバンドにでありながら、健やかで前向きなグループだと思います。」
「数百万人ものファンを持っている彼らが、このようなメッセージを伝えてくれることに、とても勇気づけられます。」
ジェフ・ベンジャミンは、BTSのユング心理学の探求は、このアルバムにとどまらないだろうと予測する。
「BTSはこれまでにも三部作のアルバムを出したことがあり、彼ら自身も、『Map of the Soul: Persona』が彼らの新境地のキックスタートになりそうだと語っている。少なくとも、あとひとつぐらいは『Map of the Soul』の続編アルバムができるのではないだろうか。」
「『ペルソナ』が彼らの探求するユング理論の手始めなら、次はたとえば『Map of the Soul: Shadow』で、BTSメンバーたちのこころ(サイキ、Psyche)の闇の部分を探求するようなアルバムを発表してくれそうな気もする。」
「いずれにしても面白いものになりそうだし、これまでのK-popにはなかったものになるだろう。」
スタインもこれに同意しながら「今回のアルバムを下地にして、彼らが次にどんな作品を作ってくれるのか楽しみです。」と言う。
「ユング 心の地図 新装版(マレイ・スタイン著、入江良平訳)」:ユングの著作を丹念にたどり、その理論の根底にある深いヴィジョンの統一性を明かす格好の入門書
ユングは自らを心の探検家にして地図製作者とみなしていた。
心こそ彼が探検した道の領域であり、その理論は人々を誘う地図である。ユングの著作を丹念にたどり、その理論の根底にある深いヴィジョンの統一性を明かす格好の入門書。
BTS(防弾少年団)のニューアルバムのコンセプトになったことで再び注目を浴びた名著、待望の復刊。
「ユング 心の地図 内容紹介より