ユングの錬金術研究と道教書『黄金の華の秘密』──東西思想の交差点

錬金術が無意識の心理過程を象徴していることに気づいて注目したユングは、膨大な資料を集め研究した。最後の著作として自ら宣言し、81歳で完成させた大作『結合の神秘』も錬金術を主題としている。ユングのライフワークであるこの錬金術研究において、中国の道教文献が大きな役割を果たした。(3,500文字)

とーなん

手持ちの資料(以下の書籍)を並べてパラパラ見ながら、つなぎ合わせました。

とーなんがこのコラムを書くために見た13冊の参考文献
手持ちの錬金術関連の本や資料(大半が未読)
とーなん

細部はAIもいろいろ教えてくれましたが、まとめはしてもらえなかったので、自分でやってみたら、思いのほか労力と時間がかかりました。
(AIにできないことがあると、安心したりもします。)

Contents

はじめに

錬金術の歴史は長く、その始まりを古代にまで遡ることができる。ユングは、廃れていた錬金術を、無意識の心理過程を象徴するものとして注目し、心理学的に再解釈した。これによって、学術界では過去の迷信扱いになっていた錬金術が、哲学や心理学の分野で新たな意味をもって見直されるようになった。

ユングは、膨大な資料を集めて研究を深め、晩年の主要著作『心理学と錬金術』や『結合の神秘』でこれを体系化しており、実に、ユング全集の約3分の1を占めるのが錬金術研究である。しかし、このテーマは難解なことで知られているし、ユング派分析家の資格試験にもこの科目はなかった。それも言い訳に、よく知らないまま現在に至るが、最近、10年ぶりにサイトをリニューアルする際に錬金術のイメージを使ったあと、偶然にも立て続けにクライアントさんたちの話に錬金術が出てきたので、これを好機と受け止め、掘り下げてみることにした。

「黄金の華の秘密」

友人の中国学者から送られてきた1冊のテキスト

ユング(1875 – 1961)は、50代半ばだった1928年頃、友人の中国学者リヒャルト・ウィルヘルム(Richard Wilhelm, 1873-1930)から、彼がドイツ語に訳した、道教の瞑想テキスト「太乙金華宗旨」(たいいつ きんか しゅうし)の解説を頼まれた。

内容は、中国の内丹術について説いたもので、そこに表されている心の変容の過程が、ユング自身の無意識体験と驚くほど一致していたため衝撃を受ける

ウィルヘルムは1930年に56歳で他界している。死の直前に、ユングにこの本を託したともいえる。

ユングの描いたマンダラ(曼荼羅)との関連

ユングは、フロイトとの決別後の精神的危機期(1913〜1916年頃)に、アクティブイマジネーション (Active Imagination, 能動的想像)で、自発的にマンダラを描き続けていたが、その中にはなぜか東洋風のイメージが含まれていた。

後年ユングが、自分や患者たちが描いたマンダラと、東洋の伝統曼荼羅(特に中国・道教や仏教のもの)の視覚的・象徴的類似性を再考中だったちょうどそのとき、ウィルヘルムから道教の瞑想テキストが送られてくる。

テキストの瞑想法—光の循環、中央の黄金の華、四方守護者—は、ユングの内体験と重なり、この道教の瞑想テキストが個性化プロセスとして解釈できること、曼荼羅はその視覚的・象徴的対応物であることに気づいたユングはすぐに注釈を執筆し、1929年にウィルヘルムとの共著として黄金の華の秘密を出版する。
(原題:「太乙金華宗旨」(たいいつ きんか しゅうし)、英訳 “The Secret of the Golden Flower“)

とーなん

もう一度、整理してみます。

ユングの描画に曼荼羅が自然発生

無意識の混乱(幻視・夢の洪水)で心が崩壊寸前だったユングは、毎朝ノートに円形の幾何学図(中心+同心円+四隅守護者)を描き始める。これが自然発生した曼荼羅で、描く行為自体が心の安定をもたらした。

曼荼羅制作の本格化

「世界の体系」と名付けられている作品(Systema Munditotius, 1916)から曼荼羅制作が本格化。後に、東洋曼荼羅との類似に気づく。

とーなん

クリックするとユングの作品のイメージに飛びます。

患者にも同様の曼荼羅イメージ

患者にも同様の図が出現し、普遍性を確信。

ユングは、曼荼羅の癒し効果を、無意識の混乱に対する自然発生的な秩序化プロセスとして説明する。心が分裂・不安定な状態で自発的に曼荼羅が現れると、幾何学的対称性が制御不能な内的混乱を包み込み、中心の安定(自己)を回復させる。

「黄金の華の秘密」のシンクロニシティ

東洋人が瞑想で、西洋人(ユング自身)が危機で到達した同一イメージは、文化を超えた普遍性を証明し、ユングにとって、それはまさしく人類共通の集合的無意識から生じた元型であり、意識と無意識の統合の象徴だと確信。

とーなん

このテキスト内には、曼荼羅についての記述はありませんが、ユングにとって「黄金の華」は、瞑想を通じて現れる内的な光の円で、全体性と中心性を表す曼荼羅の構造そのものだったのです。

「黄金の華の秘密」

「黄金の華の秘密」(人文書院 2018 新装版)の帯には、「ヴィルヘルムの紹介によってユング思想に新たな展開をもたらした道教の瞑想の書。ユングの詳細な心理学的解説を付す。」と書かれている。

ユングによる「詳細な解説」は分量的に本書の半分を占めている。ユングの部分の最終章でユングは、「東洋となんら関わりのない西洋人の患者たちが、自発的に描いた」として10枚の曼荼羅図を参考として掲載した。

そのうちの一枚は、本が出版された時には事実を伏せられていたが、ユング自身の描いた曼荼羅であった。

東洋の精神的変容過程が、西洋の錬金術の象徴を解き明かす

ユングは『黄金の華の秘密』で説明されている内面的変容が、西洋錬金術の象徴プロセス(黒化・白化・赤化、対立物の結合)と対応すると気づき、それが、物質的錬金術を「投影された心理プロセス」と再解釈する契機になった。

「物質的錬金術」は実際の鉱物操作を指すが、ユングは、錬金術の精神的側面(賢者の石=自己)を強調している。つまり、このテキストがその橋渡し役になった。

共通の構造を発見。

『黄金の華の秘密』に書かれていた道教内丹術

  • 目的:体内で「不死の霊薬(黄金の華)」を生成。
  • 段階:混沌→浄化→光→完成(ニグレド→ルベド)。
  • 象徴:光の循環、中央の華、四方守護。

これがユングの無意識体験と一致したため、ユングは、錬金術が「物質変化を装った精神的変容」であると気づく。

西洋錬金術との照合

東洋の内丹術西洋の錬金術
体内で金を作る鉛を金に変える
光の循環 蒸留・昇華の繰り返し
中央の華 賢者の石

東洋:内面的・瞑想的に「自己」を完成(内丹術)
西洋:外面的・実験的に「賢者の石」を追求(錬金術)
ユングは、両者は同じ心理過程(個性化過程)を、異なる手段で表現したものだと確信する。

西洋の錬金術における鉱物変換(鉛→金)が、無意識の変容(闇→光)の投影だと解釈した。

触媒としての「黄金の華の秘密」

1。ユングは、家系の神秘主義的素地──祖父(医師)のフリーメイソン的背景など──からパラケルスス(医師・錬金術師)やヘルメス文書に親しみ、錬金術研究を始めていたが、当初は表層的だった。

2。自身の無意識のビジョン(影→自己)が、それらの「卑金属浄化→金生成」と具体的に一致し、錬金術の原典に予め記述されていたことに気づいた。【この直感的驚きが、それから10年に及ぶ体系的研究の原動力となる。】

3。その直後に入手した「黄金の華の秘密」により、東洋の内丹術(回光の円・光の華)が西洋での気づきを裏付け、研究を補強する役割を果たした。東西の神秘伝統が共通の元型を共有することを示すことで普遍性への橋渡しとなり、研究を加速させる触媒となった。

Perplexity.ai

パラケルスス研究が火付け役、「黄金の華の秘密」が燃料という構図です。

とーなん

なるほど!

道教内丹術の日本での位置づけ

ユング思想に大きな貢献をした東洋の瞑想法、道教内丹術が日本ではどのように位置付けられていたのか調べてみた。

道教内丹術は日本語で「内丹術(ないたんじゅつ)」と呼ばれる。

外丹術*(外部薬剤錬金術)に対比される内面的錬金術で、体内で「内丹」(不死の霊薬)を生成し、道との合一を目指す。

方法:精・気・神を丹田で練り、光・華を生む。

呼称:「丹道」「性命双修」など。

日本での認識気功の源流として、養生・瞑想法の実技。内経図(だいけいず、別名 人体曼荼羅)が特徴。

*外丹術(がいたんじゅつ):道教の錬金術のうち、金石草木などの薬物を調合し、不老不死の丹薬(金丹)を製造する技術。宋代以降は毒性問題から衰退し、内丹術が主流となる。
西洋錬金術と目的・手法は類似するが、不老長寿重視が特徴。

とーなん

だいぶあやしくなってきたけど、楽しいかも。

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