ユングが81歳時の著作『結合の神秘』(Mysterium Coniunctionis)は、晩年の錬金術研究の集大成である。ユングにとって錬金術研究はライフワークとも呼べるもので、自分の「最後の本」だと宣言して10年かけて完成させた。このコラムでは、ユングの著書『心理学と錬金術』で引用されている錬金術文献の画像を中心に、個人のこころの内部で起きる統合や結合のイメージを見ていきたい。(2,500文字)
とーなんここでは、よく知られている「哲学者の薔薇園」や「哲学の卵」をご紹介します。
錬金術の心理学的解釈
錬金術は「対立するものの結合」を目指す変容思想*で、物質変化は心の変容のアレゴリー(寓意表現)とみなすことができる。
● 錬金術の文献に見られる「王と女王」「太陽と月」の結合象徴は、アニマ(女性性)とアニムス(男性性)の統合に重ねられる。
● ニグレドからルベドへ至る段階が、個人の無意識統合過程(個性化)を表し、自我と無意識の神秘的合一(conjunctio:コンンクティオ/コニュンクチオ)が最終段階となる。
ニグレド(黒化)=物質が腐敗・混沌状態に分解される工程。鉛が黒く腐る。=影との対峙
↓
アルベド (白化・浄化)= 物質が洗浄・精製され、白く輝く段階。黒化した鉛が灰・塩として浄化される。= アニマ/アニムス統合
↓
ルベド (赤化・黄金)=最終結合で赤く輝く賢者の石、さらには黄金が完成。王と女王の聖婚による完全性。= conjunctio・自己(セルフ)・全体性達成、自我と無意識の最終統合。


錬金術文献に見られる「結合の神秘」のイメージ
Pretiosissimum Donum Dei(15世紀初頭)


Donum Deiに描かれているフラスコは、錬金術において変容の器を象徴し、哲学の卵(ラテン語:Ovus Philosophicum、英語:Philosophic Egg)と呼ばれる。



世界が卵から誕生するという普遍的シンボルとして「宇宙卵(Cosmic Egg)」がありますが、哲学の卵は、錬金術における「大いなる業」(Magnum Opus / マグヌム・オーパス)の作業場であり、実験容器(フラスコ)です。
ユング心理学では、無意識を含めた全体性が意識化されていくための器。
- この図(12枚のうちの第3図)は、変容の第1段階(coniunctio prima)を象徴する王妃結合。この初期結合はマグヌム・オーパスの化学的結婚の始点で、硫黄・水銀の原初融合。
- 王(Rex:ラテン語)と女王(Regina:ラテン語)は錬金術で基本対立物の象徴。
・王は、硫黄・太陽・意識原理を表す。
・女王は、水銀・月・無意識原理を表す。 - フラスコの頸部にいるのは揮発性の精霊(スピリット)で、内部にひそむこのスピリットによって、固体は分解され溶解されることによって、容器の中味と結合する。
- ユング心理学では意識-無意識の初回統合(coniunctio prima)を表し、個性化プロセスの基盤となる。


- Donum Deiの第11図は、女王(Regina)が白い霊薬(Elixir album)の上に立つ姿を描いている。
- タイトルの「Rosa alba」は白薔薇の意で、白化(Albedo)段階の完成を示す。
- 白い霊薬は、四つの元素(地・水・気・火)を超えた「第五の実体」(quinta essentia)=賢者の石を作るための「中間生成物」。
- ユング心理学では、この「第五の実体」は、感情を整理し意識と対話可能な状態にした無意識、すなわち浄化されたアニマ(男性の場合の女性性)を指す。これが意識(Rex)と統合され自己(Self)が誕生する。


- Donum Deiの最後の絵(第12図)は、単独の王(Rex)が王冠を戴き、赤い霊薬「Elixir rubeum」上に立つ姿で、錬金術のルベド(赤化)完成と哲学者の石の実現を象徴する。
- タイトルの「Rosa rubea」は赤薔薇の意で、。錬金術のルベド(赤化)段階完成を表す。
- 赤い霊薬(Elixir rubeum)は、第11図の白い霊薬(Elixir album)が最終蒸留され、哲学者の石の完成形に昇華していることの象徴。
- 対立物の完全統合(coniunctio oppositorum)が完了し、単一の王=自己(Self)として顕現した状態を示す。



Donum Deiの読み方をカタカナで教えてください。



「ドーヌム・デイ」 です。教会ラテン語の発音ですから、日常会話よりゆっくり明確に発音してください。
Rosarium Philosophorum / 哲学者の薔薇園(1550)




王と女王は、第一の水(prima aqua)において、太陽と月という対立物の象徴の完全な溶解の化身を表す。
(上述のDonum Deiの第3図に相当する、初期段階での結合。)
続く下の図は第二の作業段階。両者の肉体が気化する状態(翼があるのはそのため。)に入って結合がくり返される。




- ヘルマフロディトゥスが完全性を示す王冠を頭上に戴く。=個体と気体の結合。
- 盃の中のヒドラ(多頭蛇)は錬金薬液を象徴し、それぞれが自然の三界(鉱物界・植物界・動物界)を支配していることを象徴していると同時に、三頭に岐れた(わかれた)蛇が、統一が三位一体から生まれることを暗示。
- 三頭の龍は、作業の成功が三重の溶解(黒化・白化・赤化)に基づいていることを想起させる。
- ペリカンは蒸留(distillation)と自己犠牲の象徴であり、第五実体(quinta essentia:蒸留により不純物が除かれ、純粋な精神性・永遠性が現れる過程)の昇華・高まりを表す。
※ ヘルマフロディトゥス(ヘルマプロディートス)は、ギリシア神話に登場するヘルメースとアプロディーテーの息子で、男女両性を備えた神。



