Contents
Contents
心理療法についてのユングの考え方
セラピストは指導者ではなく協同者
ユングは、セラピストは判定したりアドバイスしたりする指導者ではなく、クライエントとともにクライエントの発展過程に深く関与する協同者だとして、セラピストとクライエントの相互的人間関係の重要さを強調しました。
クライエント自身が潜在的にもっている創造的な発展性の可能性を信頼し、この発展過程がたんなる解釈や理論にとどまることなく、体験されることによってのみ「変容」と呼ばれる重要な内的変化が起きると言うのです。
そこではセラピストの専門家としてだけではない、人としてのあり方も問われます。
セラピストの全人的関わりの必要性
ユングは、治療者の人格もクライエントの影響を受けて変化するのでなければ、クライエントに影響を与えることは不可能であるとさえいっている。
河合隼雄「ユングと心理療法」
この点において、分析家になるためには、教育分析を受けることが必要であることを最初に認めたユングの功績は非常に大きい。つまり、この段階では、治療者自身が自分の心理的問題を多く未解決でもっていたのでは、まったく動きがとれなくなってしまうからである。
ユングはまた、セラピストとしてできる最良の方法が、人間対人間として相対する以外にない以上、セラピストは理論や方法にとらわれることなく、自由に行動するべきだとも言っています。
理論や方法は必要であり不必要
セラピストが自由に行動するべきだと言うのは、もちろんまったく独りよがりに好き勝手にやるということとは違います。専門家として、理論や各種心理的アプローチの方法を知っていることは当然のことで、必要に応じてそれを使いながらも、クライエントを型にあてはめようとしない態度を持つということです。
診断名を重視しない
「型にあてはめない」ことでいうと、ユングは精神科医として、神経症の「種類分け」をすることに関心を持ちませんでした。診断名をつけてカテゴリー分けするよりも、個々人の心理的な内面を理解することの方が治療に役立つと思ったからです。診断名をつけるために指標となる表面的な”症状”は、心理的な内面を語るものではないため、診断名からクライエントを一般的に理解しようとすることは、ひとりひとり異なるクライエントの内的世界を理解するのに邪魔にすらなると考えました。
必ずしも過去を重要視しない
ユングは、すべての問題が過去の幼児体験に起因するという見方はしません。現在のクライエントにとって重要である場合には、過去の話に焦点が当てられますし、過去の出来事が夢に出てきたのをきっかけに話が膨らむこともありますが、フロイトのように、とにかく過去に遡るということはしません。
こころは意識と無意識の両方を含む
ユングにとって、こころとは意識と無意識の両方を含んでいて、両者が相補って全体性を成すと考えました。無意識の中には、しばしば意識と対立するものが含まれているため、対立的なものに耐えながら、それらを統合していくことが心理療法や自己実現の重要な過程であるとしました。
抑うつ状態を肯定的にとらえる
ユングは抑うつ状態を、決してネガティブなだけのものとは考えず、今までの生き方を見直すよいチャンスだと考えました。たとえば親の教育方針や、社会的な要請によって抑圧している本来のその人らしさが表に出たがって抑うつ状態を引き起こしているととらえます。したがって、その性質を取り入れた生き方をすることで、症状がなくなるだけでなく、以前よりもっとその人らしく生きられるようになるということです。
中年期は人生の意味を考える大切な時期
とくに神経症的な悩みを抱えておらず、社会的に適応していて表向きには何の問題もないように見えるいわゆる人生の成功者が中年期になってユングのもとに大勢訪れたこと、またユング自身が中年期にとても不安定で危険な心の状態になったことを通して、ユングは、中年期は人生の意味について考える大切な時期だと考えるようになりました。人生の前半のゴールに達し、「すべてを手にした」あとで人生の無意味さに直面したとき、新しい意味を見出せるかどうかは、残りの人生を能動的、創造的に生きていけるかどうかの鍵になると言っています。
■参考:ミッドライフ・クライシスのページへ