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美空ひばりとオペラと「題名のない音楽会」: 美空ひばりに学ぶ

美空ひばり、名前と存在は知っていてもこれまで一度も関心をもったことのない大物スターから学んだこと。(2,700文字)

ストックホルムのオペラ座でプッチーニのトスカを観た話をしていたら、そのオペラのアリアをかつて美空ひばりが歌ったことがあり、これが舌を巻くほどの驚きの上手さだったのだと教えてもらった。

美空ひばり世代でもなく歌唱力の判断能力もないわたしが聞いても歌自体はぴんとこなかったが、何かひとつのことを極めた人は、自分のなわばり外のことに手を出しても相当な力を発揮するということはよく見聞きするのでその一例として興味深かった。

身体能力に限らず、たとえば数学を極めた人が哲学も語れたりしますよね。どんなことでもひとつのことをつきつめて突き抜けた人たちには、他のことにも応用できる力や態度が備わっているように見えます。

また、美空ひばりが頂点に立ってなお挑戦し続ける姿勢にも感じるところがあった。

とーなんさんに美空ひばりのすごさを教えてあげたのは、わたしです。

美空ひばりの「歌に生き、恋に生き」

(オバケのKちゃん記)
美空ひばりが「題名のない音楽会」でオペラを歌ったことがある。

「題名のない音楽会」は1964年に始まった長寿番組で、番組開始から長年に渡り、黛敏郎(まゆずみとしろう、1929-1997)という作曲家がMCをやっていた。音楽に造詣の深い黛がクラシック音楽を使って手を変え品を変え毎週いろいろな試みをやってくれるという趣向で、今ではそういうこと当たり前だが当時はまったく画期的なアイデアによる番組だった。

美空ひばりが出演した日の企画は、ひばりにクラシックのフルオーケストラをバックにプッチーニのオペラのアリア「歌に生き、恋に生き」を歌ってもらうということであった。アリアとはオペラの中に挿入される独唱曲のことで、つまり一番聞かせどころの場面である。多くはアリアの終わりにオペラの進行が一時止まり、会場は拍手とブラボーの声に包まれる。

さて、この日の放送を私はいじわるな気持ちで見ていた。クラシックの歌手をなめるな、歌謡曲の歌手がオペラアリアなんて歌ったら撃沈だぞと思っていたのだ。しかも歌い始めたら原語でなく日本語の歌詞だ。

ところが私はあれー?と思った。心に沁みるのだ。

それでも私のいじわるな心は消えない。なかなか立派だ、それは認めよう、しかし名のあるオペラ歌手と聴き比べしたら撃沈のはずだ。それで私は聴き比べをした。聴き比べはクラシックファンが日常的にやることだ。トスカの音源ならいくつか持っている。

ところがである。聴き比べすると、カラスもテバルディもフレーニーもベーレンスもひばりに敵わないのだ。ひばりの方はビデオレコーダーの貧弱な音、その他はCDやレーザーディスクからの高音質にもかかわらずだ。いや驚いた驚いた。この時の美空ひばりの録音は今ではユーチューブで聞けるからぜひ視聴していただきたい。あのね、美空ひばりはすごいのだ。
(オバケのKちゃん記)

「題名のない音楽会」に美空ひばりが出演してオペラアリアを歌ったのは1986年、このユーチューブを観ながら、思わず司会者のナレーションをタイプした。今まで見たこともないオジサンだったが、この人は何者だろうと思わせる雰囲気が漂っていた。

とーなんさん、黛敏郎を知らないとは! 世代の違いなのかもしれませんが、当時、日本のクラシック界で有名でしたよ。週末の「題名のない音楽会」は実家で定番だったので、音楽に関心が薄い父も毎週観ていました。

司会者(黛敏郎, まゆずみ としろう, 1929 – 1997)が言う。美空ひばりはヒバリという芸名がとても好きだと言っていると。「なぜならひばりは人知れず空高く鳴き声を上げながら飛んでいってしまう。そして見えなくなってしまう。いつかどこかへ降りてくるんだろうけど、降りてくる姿を誰も見た人がいない。」から。

芸能生活40年でいまだに上昇を続けているひばりもいつかは落ちるときがくるかもしれないが、そのときは人知れず静かに落ちていきたいというひそやかな願望がこめられているのではないかと黛敏郎が言うのだが、それをひばりがうなずきながら聞いているシーンは胸にしみる。

ひばりはこの番組への出演が決まったとき、「自分がいままでチャレンジしたことのない歌にチャレンジしてみたい」と言った。番組側があれこれ案を練っていたところ、「クラシックの中でももっとも極めつけのオペラのアリアに挑戦したい」とひばりが言って、そこまでは想定外だった一同がびっくりしたそうだ。「歌に生き、恋に生き」は、黛敏郎が「これこそ、美空ひばりにぴったりだ」と選んだと言っていたが、邦訳の歌のタイトルだけ聞いてもたしかにぴったりな選曲である。

下の動画は、この黛敏郎のナレーションから始まるように設定している、はず。(18分24秒から歌を含めて7分)

クラシックの専門家やファンからは顰蹙を買うかもしれませんが、オペラと演歌というと一般的にオペラが上で演歌が下のように思われがちでも、わたしは喉を使う楽器の「歌」として同じ価値があると思います。

私も昔は美空ひばりや演歌に全く興味がなかったですが、ヨーロッパで暮らすようになってから美空ひばりの魅力を知りました。
絶対音感のある人なのでしょうね。楽譜が読めなくてあれだけ歌えるってすごいです。

彼女の最後の公演では、重症な間質肺炎で通常の人だと息をするのも苦しいぐらいなのに歌い上げたその姿を、確かドキュメンタリーで観たと思いますが、主治医が泣かれていたのを覚えています。本当にすごい人です。

モオさんには、宗教学者の山折哲雄 (やまおり てつお、1931年- )が美空ひばりの大ファンで、「美空ひばりと日本人」(2001)という題名の本まで出していることも教えてもらった。

美空ひばりはこの番組に出演してから3年足らずの1989年に52歳で他界したが、その後も司会を続けていた黛敏郎はこの番組収録中に体調不良となりそのまま急逝している。1997年、68歳だった。番組開始から33年間もの長きに渡って司会を担当した。

出てくる没年齢が、自分の年齢と変わらなくなってきました。この記事をまとめながら、死ぬまで精一杯(=今を目一杯)生きられたらいいなぁと思えました。

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